ゾクチェン祝福の相伝

祝福の相伝

法身普賢如来が、法界から法を説かれた
金剛薩埵が、虚空で聞法された

金剛薩埵が、虚空から法を説かれた
ガラップ・ドルジェが、須弥山山頂で聞法された

ガラップ・ドルジェが、須弥山山頂から法を説かれた
マンジュシュリミトラが、須弥山中腹で聞法された

マンジュシュリミトラが、須弥山中腹から法を説かれた
シュリシンハーが、須弥山山麓で聞法された

シュリシンハーが、須弥山山麓で法を説かれた
パドマサムバヴァが、大海の岸でその教えを聞法された

パドマサムバヴァが、大海の岸でその法を説かれた
イェシェ・ツォギョルが、その教えを雪山のチベットで聞法された

その法は、言葉によって理解することができず、
祝福の力によって、熟し、解脱として伝えられた

法身普賢如来は、思考の限界を超えている
全ての衆生は、すでに明知に満たされているのだ

仏界と世俗は、大楽の境地に共に留まる
自生の智は、大覚の境地に満たされている

「ゾクチェン、セムデの教えの相伝」から
2007、Erik Pema Kunsang with Tara Trinley Wangmoが、読経の為に英訳した

ロンチェンパ

知識は夜空の星のように、無限に存在する。
知ることができる主体の全ては、尽きることがない。
故に、その本質を直接知ることが最良だ。
その不生にて堅固なる金剛心、清浄なる覚醒意識、リグパを。

ロンチェンパ

坂村真民さんの詩

1990年米国オディヤン寺院から帰国後、松山の加藤さんの招きで四国を巡礼した。大三島神社や一遍上人の仏縁を巡る中、
真民さん宅たんぽぽ堂を訪ねゆっくりとお話の時を頂いた。
チベットのお祈りをさせて頂くと、特に「オンマニペメフン」の響きに共鳴され、
後に「オンマニペメフンと唱える青年」という詩を書いて下さった。
真民さんという妙好人の先達の姿がありがたい。

坂村 真民(仏教詩人)

悲しむな タンポポを見よ 踏まれても平気で花を咲かせているではないか
あせるな 
いそぐな 
ぐらぐらするな 
馬鹿にされようと 笑われようと じぶんの道を 
まっすぐゆこう 時間をかけて みがいてゆこう
最高の人というのは、この世の生を、
精いっぱい、力いっぱい、命いっぱい、生きた人。

本当に光を知るためには 
本当に闇を知らねばならぬ
美しいものは美しい心でながめ、優しいものは優しい心で接し、
その日その日を送っていこう。
過ぎてゆく月日を宝のように大事にして、一度きりの人生を全うしよう。

日々の生活を人間らしく生きてゆくのも立派な修行である。
そしてそれらはすべて喜びを持って行ってゆかねばならない。
喜びなくして行うものは、どんな難行を果しても、よい実を結ぶことはできない。
人間は本ものに出会わないと 本ものにならない
木が美しいのは 自分の力で立っているからだ

一難去ってまた一難。
でも思えば、この難によって、念が鍛えられ、
念の花が咲き、念の実が熟するのだ
順調に行く者が必ずしも幸せではない。
苦労がその人を鍛えあげる 
磨き上げる 
本物にする
すべては出会いの一瞬できまる。
だから、その時のために心を磨いておくのだ。
名刀のように。

愛とは、呼吸がぴったりと合うことである。
人生は深い縁(えにし)の不思議な出会いだ。
闇深ければ、光もまた強し。

よい本を読め。よい本によって己れを作れ。
二度とない人生だから 一匹のこおろぎでも ふみころさないようこ こころしてゆこう どんなにかよろこぶことだろう。

鈍刀をいくら磨いても無駄なことだというが、何もそんなことばに耳を借す必要はない。
せっせと磨くのだ。
刀は光らないかもしれないが、磨く本人が変わってくる。
つまり刀がすまぬすまぬと言いながら、磨く本人を光るものにしてくれるのだ。

二度とない人生だから まず一番身近な者たちに できるだけのことをしよう 
貧しいけれど こころ豊かに接してゆこう。
二度とない人生だから 一ぺんでも多く便りをしよう 返事は必ず書くことにしよう

本を何百巻読んでも、本ものにはなれない。
本は頭を肥やすが、足は少しも肥やしはしない。
足からきた悟りが、本ものである。

本気になると世界が変わってくる。
自分が変わってくる。
変わってこなかったら、まだ本気になっていない証拠だ。
本気な恋、本気な仕事。
ああ、人間一度はこいつをつかまないことにはいつも心は燃えていよう、
消えてしまっては駄目。
いつも瞳は澄んでいよう、
濁ってしまっては駄目。

夜が明けるということは、なんとありがたいことだろう。
光が射してくるということは、なんとうれしいことだろう。

少食であれ!これは健康のもと。
少欲であれ!これは幸福のもと。
この二つのものをしっかりと身につけよう。

この世を悔いなく終わるため。
この世を楽しく生きるため いのちいっぱい生きるのだ 
念じ念じて生きるのだ 
一度しかない人生を 何か世のため人のため 自分にできることをして この身を捧げ生きるのだ

あとから来る者のために 田畑を耕し 種を用意しておくのだ。 
山を 川を 海を きれいにしておくのだ。
ああ あとから来る者のために苦労をし我慢をし みなそれぞれの力を傾けるのだ。 
あとからあとから続いてくるあの可愛い者たちのために 
みなそれぞれ自分にできるなにかをしてゆくのだ。

長く生きていることは無駄ではなかったとしみじみ思う年になった
見えなかったものや聞こえなかったものが 見えだし聞こえだしたのもありがたい喜びの一つだが 
一番大きな喜びは色々の悲しみを知ったことだった
人生とは真実一路の道を行く出会いのたびである 

またたく星よ わたしの旅路を守らせたまえ
心に美しい火を燃やし、人生は尊かったと叫ばしめよ。
人間いつかは終わりがくる。前進しながら終わるのだ。

花には散ったあとの悲しみはない 
ただ一途に咲いた悦びだけが残るのだ

※12月11日は坂村真民の命日(2006年)です。