投稿者「頓覚阿法」のアーカイブ

クムニェ ニンティク・ツァルン

クムニェ ニンティク・ツァルン

私が教えている基本的な訓練の一つに、クムニェという瞑想ヨーガがあります。これは、身体運動と瞑想を組み合わせたようなもので、チベット密教の中でもゾクチェン瞑想のツァ・ルンという伝統的なニンマ派の教えに基づき、それに新しい要素を付け加えたものです。仏教では伝統的に、人間の心と身体の中には自分自身をはぐくみ、健康にしてくれる自然治癒力というエネルギーがあると教えています。しかし一般に西洋人は、病気になってしまうか、あるいはこのエネルギーがなくなってしまわない限り、深めようとはしません。単なる肉体的運動や体操は、いわゆる自然治癒力に対しては余り効果がありません。

 しかし、クムニェはより深いところにとどきます。ですから、ヨーガと瞑想を組み合わせたようなものと言えるのです。その上、クムニェは非常に簡単で誰でも行うことができます。つまり、クムニェを教えるということは、自分で自分の心身をリラックスさせることのできるマニュアルを与えてあげるようなものなのです。

 チベット語でクムニェとは、心と身体をマッサージするという意味です。厳密に言えば、身体は全感覚器官と深く関わっており、その感覚領域を開いてゆくことで内なるエネルギーに触れることができます。マッサージというのは、この感覚をはぐくみ、エネルギーを拡大させることで、身体と心のバランスをもたらします。呼吸もまた非常に重要な要素です。呼吸は微細なレベルで自覚と密接な関係があるので、呼吸の自覚を深めることが、クムニェの非常に重要な要訣といえるでしょう。

 このクムニェの訓練を通して、私たちは単なる衝動ではなく、自覚によって自らの行動を律することを学ぶことができるわけです。

夢ヨーガ  チベット仏教 至宝の瞑想 第六章ヴィジョンより

 

タルタン・リンポチェへの長寿の祈り

タルタン・リンポチェ
クンガ・ゲレック・イェシェ・ドルジェ(Kun-dga dGe-legs Ye-shes rDo-rje)への長寿の祈り

ゾンサー・ジャムヤン・キェンツェ記す

クン(Kun)ツザンポ・ガ(Ga)ラップドルジェ・ヴァイロツァーナ、
我らニンマ派の三種の相伝による全ての持明者の御師達。

この法脈を護持し弘法するタルタン・リンポチェの菩薩行に、
比類なき思念を以って称賛いたします。

崇高なる具現者タルタン・リンポチェの蓮華の御足が堅固であられますよう、
私、ゾンサー・ジャムヤン・キェンツェがお祈りいたします。

タルタン・リンポチェの知識と慈悲と法力の完成は、
善根(dGe-legs)と功徳の白蓮華の輝きを自発の因とし、
三界の闇の深みを照らし出す太陽のよう。

タルタン・リンポチェの仏法の教えが存続し、
その栄誉と功績が末長く伝えられますよう。

不死なる原初の智慧(Ye-shes)の大いなる輝き、
無量寿如来の光明よ、
仏法を護持する比類なき高貴なタルタン・リンポチェを祝福し、
更なる法力が与えられますよう。

タルタン・リンポチェの三密と三身が、
不滅の金剛(rDo-rje)として、
この地上に留まり続けますよう心よりお祈りいたします。

タルタン・リンポチェの娘、ツェリンの勧めにより、
私、ゾンサー・キェンツェ・トゥプテン・チョキ・ギャツォが、
最勝なる帰依処である吉祥の法要に寄与される、
最善なるタルタン・リンポチェが、健康で長寿であられますよう、
この祈願文を記し、心よりお祈りします。

2013年癸巳10月3日の朝

シッディラツ!
この祈りが成就しますように!

御岳山大噴火から8年の鎮魂の祈り

オーン

御嶽大権現の大御霊様
世界経綸の扉を開く
みのおわりの丑寅の坤神にて
遥か古より万国大日の本におわします
豊受大神国常立尊

その本地は観世音菩薩にして
慈雨の如く衆生を豊かに潤し恵みて
法身阿弥陀如来の智慧の光明
密意パドマサムバヴァの金剛心
円満成就の神変を以て

八紘一宇の大日の本を
栄え給え、幸え給え
守り給え、鎮まり給え
安寧の弥勒の世へと、導き給え

三世十方諸仏の如来の智慧よ
最善の働きへと解き放ち給え

かむながらたまちはえませ
かむながらたまちはえませ
フン パット

2014.9.27 御岳山大噴火への鎮魂の祈り

岐阜新聞8/19 関ヶ原の戦い前哨戦 乱闘橋古戦場 不思議な石 歴史の謎解き

 

「謎の石」大量発掘、人工的な切り込み跡 岐阜市の川岸、地元僧侶「武士の弔い用」推測

 岐阜市と羽島郡岐南町の境を流れる境川。その川岸から不思議な石が大量に掘り出された。発見者は、この地で関ケ原合戦の前哨戦の一つ「乱闘橋の戦い」があったことから、戦死した兵を弔うために置かれた石ではないかと推測する。似た石は、市内の加納城跡の石垣にも見られるといい、そのつながりを探る“歴史の謎解き”に挑んでいる。

 発見者は、同市領下の林久義さん(62)。チベット仏教のラマ僧として高山市に寺院を構えるが、中学生の頃からのライフワークで郷土史家の顔も持つ。
 石は、岐阜市の厚見中学校の東、境川に架かる中野畑橋付近で発見。今年春までの護岸工事で掘り出されたという。その護岸に面して父が営んでいた工場があるため、そこに100個余り保管している。

 河原に転がっているような丸くて大きな石。川だから当然だろうと思うが、林さんは明治時代の地形図を眺めながら「ここは昔、川ではなく畑地だった」と話す。岐阜市と岐南町の境界線が凹状に南に張り出している区域で、昔は境界線のように川が蛇行して流れていたが、昭和の河川改修で河道を掘削し、直線に。そのため、河原石が出るはずがない、と思いを巡らす。

 さらに、気になる点があるという。「石に切り込みが入っている。人工的に加工した跡だと思う」。河原石のような丸石のほか、金華山の構成岩石のチャート石も出てきたという。
 そして、推測する。慶長5年9月15日(1600年10月21日)の関ケ原合戦。その前哨戦の一つで、岐阜城落城につながる「乱闘橋の戦い」(慶長5年8月22日)がこの地であった。西軍の岐阜城主・織田秀信(織田信長の孫)と、東軍の池田輝政の軍が衝突。四、五百人近い兵が命を落としたといわれ、「その供養塔として石を置いたのでは」と林さん。

 謎はまだある。似た石が加納城跡の石垣に見られるからだ。城跡を案内してもらうと、確かに石垣の内側に丸石、外側にチャート石が使われている。丸石には切り込みも確認できる。

 林さんは、さらに推測する。「加納城ができる前の時代、南東方向に川手城と正法寺があった。これらが廃虚になり、関ケ原合戦後の1602年、加納城を築城する時にここから石を運んだ。でも、供養塔などに使われていた石は忌み嫌われた。そのため、荷役に加わった村人たちが、乱闘橋の戦いの死者を弔うために持ち帰ったのではないか」と持論を語る。

 ただ、あくまでも推論といい、岐阜市の文化財保護課などに声をかけて手がかりを探っているという。それでも長い年月、当時の面影を保ったまま残り続ける石。林さんは「石は歴史を語る。誰かが運んできたからここにある、と考えると興味深い」と歴史の謎解きの妙味を語る。

チベット仏教講座30年記念講座のお知らせ その2

2022年 チベット仏教講座30年記念講座のお知らせ その2

みのおわりの霊学史観

ー北の閻魔堂の霊的因縁を解くー

場所:円徳寺 岐阜市神田町6-24 名鉄岐阜駅より北へ徒歩5分

日時:2022年8月21日(日)午後3時 会費:二千円

           *

 30年前インドブッダガヤセレモニーから帰国後、円徳寺様にてチベット仏教講座を催す機会を頂きました。この30年の法話は昨年「令和と霊咊の日本的霊性ー飛騨の密教行者が語る自由の菩薩と弥勒の世ー」として一冊の本に綴ることができました。

 今月は、チベット仏教講座30年記念講座「みのおわりの霊学史観 ー北の閻魔堂の霊的因縁を解くー」を語ります。650年前美濃尾張伊勢三国守護職の土岐頼康は、霊夢に閻魔王が顕れ「我を牛寅に祀るべし」と啓示を受けます。頼康は鬼門結界の地として北の閻魔堂を祀りますが、後に斎藤道三によってその結界が破られます。その霊的因縁は1600年西軍に組した織田信長の孫秀信が、8月21日南の閻魔堂乱闘橋の合戦、23日岐阜城落城、円徳寺で剃髪、高野山に出家と、その流れが9月15日関ヶ原の戦いに続きます。「えどのしくみはみのおわり」「みのおわりが開くと弥勒の世」「開かないとみのおわり」と霊能者たちが語るように、この霊的因縁は世界の雛形としての現代日本に今も流れています。チベット密教の視点から「一人ひとりの霊性の目覚めが弥勒の世を開く鍵」というお話をいたします。

 8月23日10AM、金華山岐阜城二の丸跡に頼康自作の閻魔像が祀られる閻魔堂で法要を行います。(有志自由参加現地集合)

(次回は、第4日曜日9月25日(日)3pmを予定しています)

チベット仏教金剛乗ニンマ派

ウッディヤーナ山タルタン寺 林久義

E-mail:oddiyana@gmail.com    

https://oddiyana.com/

霊咊の公案 9)

令和と霊咊の日本的霊性より

第一章霊的統合の象徴スメラギの「咊」 2 現成公案 昭和通商から右傾集団

 現代政治の思想的源流との相関関係を理解するためのもう一つのキーワードが、先の「昭和通商」です。昭和初期頃から、日本は満州大陸に進出していきます。大陸進出には関東軍が実質的な中心となり、特に満州、中国、朝鮮半島に支配の手を広げ、満州国を建国し ます。その関東軍に、武器の調達、麻薬の調達、女性の調達を行なったのが昭和通商です。 日本陸軍主導で設立された国策軍需会社であり、今で言う総合商社です。里見甫 ( さとみ はじめ ) という官僚が中心となり活動を行ないますが、そこに関わったメンバーには、岸信介、吉田茂、そして、笹川良一、児玉誉士夫、小泉純也、文鮮明、金日成、朴正煕、池田大作という人物が名を連ね活動していました。 

 これは重要な因果の現成公案です。例えば、岸信介は安倍元首相の祖父ですし、吉田茂は麻生元首相の祖父です。小泉純也は小泉元首相の父です。池田大作は創価学会の会長で す。更にアジアでの関係では、文鮮明は統一教会(現世界平和統一家庭連合)教祖ですし、金日成は今の北朝鮮の金正恩の祖父です。朴正煕は韓国の元大統領の朴槿恵の父です。この昭和通商の人物相関を知ると戦前戦中の因縁からの原因と結果として、今現在の時代を 作っている、まさに因果の現成公案と見ることができます。この視点が理解できないと、 今、日本でアジアで何が起こっているのか、これから何が起ころうとしているのか、どこに向かおうとしているのかが見えないからです。 

チベット仏教講座30年記念講座のお知らせ

チベット仏教講座30年記念講座のお知らせ

「チベットの死者の書 ー死を学び、今を生きるー 」

日時:7月23日(土)4pm-6pm
場所:甚目寺観音内法花院
愛知県あま市甚目寺町門前1
日時:7月24日(日)3pm-5pm
場所:円徳寺本堂
岐阜県岐阜市神田町6

 30年前インドブッダガヤセレモニーから帰国後、円徳寺様にてチベット仏教講座を催す機会を頂きました。以後毎月仏法を語る場を頂き、また甚目寺観音内法花院様釈迦院様との仏縁が更に広がり、毎月の仏教講座の法縁を頂いています。

 今回はチベット仏教講座30年記念講座として、「チベットの死者の書」のお話をいたします。

 チベット密教で「バルド・トドゥル」と知られる教えは、死後四九日間の中有に何が起こるのかを聴きその教えを学ぶことで、目覚めた意識を保ったまま死後を体験し、より良い次の生を得ることができると言われています。

 死後の意識は生前のカルマの風に流され、中有を彷徨いますが、今生で仏法を学び正しい瞑想修行を行うことで、目覚めた意識を保ったまま死後49日を体験し、バルドの中で解脱ができる最後のチャンスを得ることができます。「死」を学ぶことによって、「今」という貴重な生をどのように生きるべきかを学ぶことでしょう。

 チベット仏教金剛乗ニンマ派
ウッディヤーナ山タルタン寺 林久義