飛騨の霊山の重心の地 秋神

飛騨の語源は「ひだき神事」にあると言われています。火を囲み霊(ひ)を祀る行為は、超古代の飛騨人の高い霊性を感じます。6cに飛騨の豪族両面宿儺は大和朝廷に対し最後の祀ろわぬ民と記録に残され、その聖地位山は巨石群やペトログリフの痕跡から古代ピラミッドであったとも言われています。
位山より東方飛騨山脈に乗鞍がそびえ立ち、この乗鞍は霊山「神の御座す山」として、人が入ることが禁じられた聖地として敬われてきました。

その霊山乗鞍を祈りの憑代として、南方より修行をする地が御嶽山です。古代修験道において女人禁制の霊山が多い中、御嶽山は男女が共に修行に入る地であったとも言われています。全ての霊山が一山四水の曼荼羅構造であるように、東で入門、南で修行、西で成就、北で涅槃に入る修行の地であったのです。御嶽山より乗鞍に御座す神を祈り修行に入る。飛騨山脈は将に聖域であったのです。

標高1000mの秋神の地は御嶽山の北西に位置し、男女で修行し成就した後、涅槃に入るまでの古代の隠れ里であったと推測します。現在は浄土真宗系2ヶ寺のみが現存しますが、かつては真言宗や禅宗のお寺が6ヶ寺ほどあったとも伝えられ、今も修験道の信仰と修行の地として、飛騨側から御嶽山に修行に入る一合目の地が秋神なのです。位山、乗鞍、御嶽山の二等辺三角形の飛騨の霊山の重心の地が、秋神でもあります。
しかし、今では210日の風の日に行う「天狗祭り」のみが、その霊的伝承を形として残すのみです。