オディヤンから

6月末より9月末まで、加州オディヤン寺院に参籠いたします。

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TSKワークショップ in オディヤン寺院

 2009年夏、カリフォルニア州ソノマ郡に位置するオディヤン寺院にて、TSKのワークショップを企画します。

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 オディヤン寺院に隣接するラトナリンリトリートセンターやサンフランシスコの対岸のバークレイ市にあるニンマインスティチュートに宿泊しながらのワークショップとなる予定です。期間は一週間か10日ほど、全泊食事付、全日TSKワークショック、個人指導などのプログラムを予定しています。

 タルタン・トゥルク・リンポチェが語る「時間・空間・知識 -リアリティの新たなヴィジョン-」Time, Space, and Knowledge: A New Vision of Reality (Nyingma Psychology Series)
を、ニンマセンターの各地を体験しながら、カリフォルニアの地青空の下で、TSKのエクササイズを集中的に実践します。

講師:林久義、ラトナリンリトリートセンターとニンマインスティチュートの講師陣
興味のある方または詳細は、メールにてお問い合わせ下さい。

China’s Brutality in Tibet

Dispatches /undercover in tibet/

Dispatches /undercover in tibet/

ブッダガヤセレモニーでのマニ車無償配布

ブッダガヤセレモニーでのマニ車無償配布

 ブッダガヤ平和セレモニー(モンラムチェンモ)では、1994年以来、僧侶や在家修行者など全ての参加者に、マニ車を無償で配布しています。今までに12万個以上のマニ車が配布され、チベット仏教圏全土で、このマニ車を回しながら聖地を参拝している人を良く見かけます。

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 毎年1万個前後のマニ車を制作する作業は、わずかな人数で黙々と一年間、続けられています。セレモニー参加者が祈りを込めてマニ車を回し、それぞれの地で仏法の灯明を灯し続けている姿を目にすると、私自身もこれらの経典制作やマニ車の制作に携わった経験から深い思いに包まれます。

 マニ車内部に納められている経典には、観世音菩薩、ターラ菩薩、文殊菩薩、ヴァジュラサットヴァ、無量寿仏、パドマサムバヴァなどのマントラや般若経典、密教の重要な経典などが限りなく小さな文字で印刷されています。1分間マニ車を回すと、1億回マントラを唱えたことになります。

マニ車制作作業

 マニ車が回し続けられることは、仏法にとって重要な働きです。マニ車は、仏法を守り伝える平和のシンボルとしての活動なのです。

ブッダガヤセレモニーでのチベット経典無償配布

ブッダガヤセレモニーでのチベット経典無償配布

 ブッダガヤセレモニーの設立者、タルタン・トゥルク・リンポチェはセレモニーの当初から、参加全ての僧侶、ヨーガ行者、在家修行者の方々に対して、チベット経典の無償配布を行っています。今年も約10万冊の経典が配布されました。
1989年以来、2百万冊以上の経典をインド、ネパール、ブータン、シッキム、ラダック、チベット本土などに広がるチベット仏教圏の3300以上の寺院に配布を行ってきました。

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 数年前よりチベット大蔵経を分割して配布することで、数年後にはチベット仏教圏全土に数万部の大蔵経が各寺院に保存されることとなるでしょう。09年の今年は、カンギュール(経典部)の律部、般若部とテンギュール(論釈部)のアビダルマ、そして蔵外教典を中心に約10万部を無事配布することができました。

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 これらの経典はすべてタルタン・トゥルク・リンポチェとチベッタン・ニンマ・メディテーション・センタ一(TNMC)のイェシェ・デ・プロジェクトによって、カリフォルニアのオディヤン寺院とダルマパビルッシングで、新たにフォントからタイピング、印刷、制作されたものです。毎年毎年多くのボランティアたちの努力によって、まさに手作りによって制作され、チベット仏教徒の手に一つひとつ手渡されてきました。

イェシェ・デ・プロジェクトによる経典制作過程

 タルタン・トゥルク・リンポチェとイェシェ・デ・プロジェクトによる経典無償配布の事業は、未来のチベット仏教史にとって貴重な智慧の伝承の活動として、いつか必ずその種が花開く時を信じています。そしてまた、今年も来年に向けての活動を始めています。

(イェシェ・デ・プロジェクトは、世界中の多くの方々からの浄財によってチベット援助基金(The Tibetan Aid Project)を通して、運営されています。)

ブッダガヤ世界平和セレモニー09

モンラム・チェンモ/ブッダガヤ世界平和セレモニー2009
2009年の第二十回ブッダガヤ平和セレモニー(モンラムチェンモ)は、1月27日から2月4日まで行われ、満願成就しました。
ブッダ成道の地で約一万人のラマ僧の読経が響く中で、日本から10名の公式参加者の方々と共に、深い祈りと瞑想を捧げることができました。
以後さらに、モンラムチェンモと巡礼のレポートをお伝えしてゆきたいと思っています。

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イスラエル大使館と外務省への要請文

イスラエル大使館と外務省への要請文

上の要請文を支持します。

飛騨高山仏弟子非暴力平和宣言

智慧の光明が遍く世界に届きますようお祈りいたします

智慧の光明が遍く世界に届きますようお祈りいたします

本年1月末から印度ブッダガヤ世界平和セレモニーに参加し、

ブッダの智慧の光明によって悪世が晴らされますよう、

心から祈りを捧げて参ります。

合掌

09/1/1

全チベット民族が名実共に自治を享受するための草案 ダライ・ラマ法王特使による中国統一戦線工作部提出資料

全チベット民族が名実共に自治を享受するための草案
ダライ・ラマ法王特使による中国統一戦線工作部提出資料

やはり現れた、ネット文化革命「08憲章」

やはり現れた、ネット文化革命「08憲章」
ネット蜂起を呼び掛けていた網民の声

劉暁波氏の拘束解除を要求 日本ペンクラブ

08憲章=中華連邦共和国憲法要綱

永平寺奥の院 宝慶寺田中真海老師御来訪

先日、曹洞宗第二道場 薦福福山宝慶寺 田中真海老師に御来訪いただきました。

真海老師とは20年以上前の梵鐘勧進以来の正法の御縁です。妻帯僧が多数を占める日本仏教界の中で、真海老師は出家具足戒を頑に守り、正法の灯火を護持されておられる尊い師です。

薦福山宝慶寺

久しぶりの再会に、温泉に共にゆっくりとつかり、一晩じっくりとお話を交え、日本の仏法の精神を守り伝えること、正法の座禅を一徹に守りぬくことの重要性を改めて確認させていただきました。

翌日は、御岳山7合目御岳神社にお参りにゆき、深い祈りを捧げました。

尊敬すべき正法の先達と貴重な時を過ごすことができ、感謝いたしております。

合掌

チベット仏教講座 in 四国松山

この度、四国松山市にて、チベット仏教講座を開講するご縁をいただきました。

〜やさしいチベット仏教入門講座〜

チベット仏教講座と密教聖地の旅の夕べ
『慈雨の光彩〜オンマニペメフン』チベット仏教観世音菩薩成就法

日時  11月16日(日) 午後7:00〜  (6:30会場)
場所 若草幼稚園3F ホール(松山市味酒町3-5-1)  参加費  1500円


チベット密教は、一般的には難解な教えや学問、またマンダラなど神秘的なイメージなどと捉えられがちですが本講座では「オン マニペメフン」という観世音菩薩の真言を通して、チベット密教の教えとその修行方法を現代的な視点から分かりやすく説いてゆきます。「観世音菩薩」は日本 人の中でもとても親しみ深い存在ですが、その「観音様」に焦点を当て「オンマニペメフン」という伝統的なマントラ(真言)を解説し、仏教の教えと具体的な 実践瞑想方法を重層的に説明してゆきます。チベット仏教の伝統に従って「煩悩」「縁起」「六波羅密」など、仏教心理学的視点から心の働きや煩悩など、一歩 一歩理解が深まるように話が進みます。現代社会で生きるために、菩薩の心である「利他」「慈悲」の精神を深め、それを日々の暮らしの中で体現してゆける実践哲学として仏教講座を進めてゆきます。    タルタン寺  林 久義

この7月に出版されました「慈雨の光彩 オンマニペメフン」を解説すると共に、「モンラムチェンモ ブッダガヤ世界平和セレモニー」実行運営委員としての私自身の経験から、生きたチベット仏教の現実の世界をお伝えしたいと思っています。

松山には旧友が地元に根を下ろし地道な市民活動を続けており、今回は彼のお骨折りで実現した次第です。

スロー・リビング日記

チベット仏教講座

ブッダガヤ平和セレモニーにご一緒しませんか

2009年のブッダガヤ平和セレモニー(モンラムチェンモ)は、1月27日から2月5日まで行われます。この度、「ブッダガヤ平和セレモニーに公式参加の聖地巡礼の旅」を企画いたしました。

ブッダ成道の地で一万人のチベットラマ僧たちと一緒に平和を祈りませんか。
ご希望の方、ご一緒しませんか。メールにてご一報いただければ、ご相談に応じます。


「聖地巡礼の旅」の詳細はこちら

モンラム・チェンモ/ブッダガヤ世界平和セレモニー

ダライ・ラマ14世の長兄、故タクツェル・リンポチェ氏死去-2004年インタビュー

【シカゴ 9月7日 IANS】ダライ・ラマ14世の長兄、タクツェル・リンポチェ氏(本名トゥプテン・ジグメ・ノルブ)が5日、米国で他界した—同氏は2004年のインタビューで「チベットの地位に交渉の余地はなく、チベットはチベットだ」と述べている。

米国にある自宅で5日に息を引き取ったと報じられたリンポチェ氏は、生涯の多くを海外で過ごした。1926年、当時4歳の時にダライ・ラマ13世からタクツェル・リンポチェの生まれ変わりとして認められたが、1950年代以降はチベットを離れ米国を拠点にチベットの独立を訴え続けた。

以下は2004年、インディアナ州ブルーミントンで行われたリンポチェ氏へのインタビューからの一部抜粋。質問者は、1997年にダライ・ラマ14世から伝記の執筆を認められたジャーナリストのMayank Chhaya氏。

Q:(Mayank Chhaya氏)ダライ・ラマ14世を失脚させたあかつきには、あなたをチベット(自治区)の指導者にするという提案が中国側からあったと言われていますが。

A:(タクツェル・リンポチェ氏)ええ、多くの人がわたしを訪ねてきて、そのようなことを話していました。その度にわたしたちは習慣から着ている物まですべてについて批判されました。僧服に使われる布はもったいないとか、上着とズボンを着るようになどと言われました。

Q:ダライ・ラマ失脚に関して、殺害さえ持ちかけられたと聞きましたが?

A:ええ、本当です。彼らはチベット的なものはすべて破壊すると話していました。宗教をはじめ、文化や習慣などすべてです。(ダライ・ラマ14世が)協力しないようであれば、殺してしまえと。

Q:そのことをダライ・ラマ14世に伝えたと言われていますが。

A:はい。とても落ち着いた様子でわたしの言葉に耳を傾けてくださいました。目の前の“悪”を振り払うかのように手を左右に振り、わたしに立ち上がるようにとおっしゃいました。そのときの目は、わたしを心配しておられるように見えました。その直後、わたしはチベットを後にしました。

Q:ダライ・ラマ14世は自分が生きている間に問題は解決すると思っているようですが、あなたはどうお考えですか?

A:現時点では何も答えられません。

Q:この問題について、インドはどのような立場を取るべきでしょうか?

A:チベット亡命政府を承認することがとても大切です。そこからすべては変わるでしょう。

Q:米国は?

A:米国には何もできないでしょう。お金にしか興味がありませんから。

Q:中国に望むことは?

A:チベットの人々の望みに耳を傾けること。チベットの人々は中国に出て行ってほしいと口にすべきです。

Q:ラサを訪問したいですか(帰りたいですか)?

A:いいえ。1980年にラサへ行きましたが、今では後悔しています。中国当局から常に監視されますし、人々が悲しむ姿は見るに堪えない光景です。わたしだって人間です、あまりにもつらすぎます。

Q:ダライ・ラマ14世とはどのようなことを話されるのですか?

A:チベットの地位に交渉の余地はなく、チベットはチベットだということです。

Q:兄弟であるあなたから見たダライ・ラマ14世とは?

A:自己中心的な考えは少しも持ち合わせていません。誰でも平等に扱う人物です。口で言うことはたやすいですが、実行となると、なかなかできることではありません。人類は皆平等だということを分かってはいますが、わたしにはそれを実行することができません。

Q:ダライ・ラマ14世は最後のダライ・ラマとなるのでしょうか?

A:そんなことにはならないでしょう。すべてはチベットのこれからにかかってきます。チベットとチベット人が存在し続ける限り、ダライ・ラマも消えることはありません。

(c)IANS/Mayank Chhaya

中国・チベット暴動 その後 チベット人女性作家 ツェリンウォセ氏

中国・チベット暴動 その後 チベット人女性作家 ツェリンウォセ氏

 華やかに開催されている北京五輪の会場周辺では、中国のチベット政策に抗議する人々が拘束される事件が相次いでいる。三月のチベット暴動は真相が解明されないまま、現在も六千人近くの僧侶らが獄中にいるといわれる。北京を拠点にチベット暴動の経緯を記録し続けているチベット人作家、ツェリンウォセ氏にチベット人の思いを聞いた。(北京・鈴木孝昌)

   ◇  ◇

 −拘束された人々はどのような処罰を受けているのか。

 「主な収監場所はラサ駅にある倉庫の中。友人の一人は四肢を針金で縛られて一カ月間もつるされ、拷問を受けた。水ももらえず、最後は自分の尿を飲んで命をつないだ。こん棒やワイヤ、電気棒など、拷問に使う刑具は自分で選ばせ、どれを最も痛がるかを楽しむ。トイレに行く時は後ろ手に縛られ、汚物が散乱する床に顔がつくほどに近づけて、排便させられる。徹底的に人間を侮辱し、おとしめ、もてあそぶやり方だ。耐えかねて自殺したり気が狂ってしまった人も多い」

 −事件の死者は結局どのくらいか。

 「当局発表の死者数にはチベット人が含まれていない。だが、各地で発砲があり、多くのチベット人が殺された。三月十四日の午後、ラサで特殊警察部隊が一人の女性を射殺し、すぐに遺体を片付けるのを見た人がいる。自殺者や獄死者、行方不明者などを合わせれば相当な数になる」

 −暴動はなぜ起きたのか。

 「宗教への弾圧が最大の原因。一九九五年に始まった愛国主義教育はすべてのラマ僧に“チベットは中国の一部である”と認めさせ、ダライ・ラマ十四世を攻撃する言葉を書くよう強要した。僧にとっては地獄と同じ。積年の恨みが爆発するから衝突が起こる」

 −当局は「チベット青年会議」を暴動の首謀者とみている。

 「暴動は政府への恨みと不満が原因だと言えば、チベット政策が失敗だったと認めることになる。また、軍や警察はなぜ暴動を防げなかったのか。当局としては責任を転嫁する対象が必要なだけ。自分の失敗を認めるわけにはいかないから」

 −中国政府との対話は進展がない。当局は高齢のダライ・ラマが死去するのを待っているとの見方もある。

 「ダライ・ラマの死後も魂は転生し、永遠に存在し続ける。彼の寿命はチベットの将来とは関係ない。中国は対話について何の誠意もなく、期待はできない。ダライ・ラマが求めている自治とはチベット文化に関するものだ。真の自治があるのなら、中国語よりもチベット語を使わせてほしい。ラサではチベット語で手紙を書いても配達されない。言葉を失った民族は必ず衰退してしまう」

 ツェリンウォセ氏(中国名・茨仁唯色) 1966年、ラサ生まれ。チベットに関する詩集、紀行文などを多数発表。個人ブログにチベット暴動の内幕を発表していたが、ブログを閉鎖され軟禁状態に置かれている。

 <チベット暴動> 中国チベット自治区ラサでことし3月10日、チベット政策に抗議する僧侶らがデモ行進し、14日には商店や車両を焼き打ちした。暴動は周辺の甘粛省や四川省にも拡大したが、武力で鎮圧された。当局は死者20人と発表しているが、インドに拠点を置くチベット亡命政府は死者203人とし、現在も5700人以上が拘束されているとしている。

(東京新聞)

第12回飛騨高山の車座会議 

第12回飛騨高山の車座会議

チベット問題の真実 ダライラマ非暴力の祈り

講演:ダライラマ法王日本代表部事務所代表
ラクパ・ツォコ氏

時;08年7月30日(水)午後7時開演
場所:高山別院庫裡ホール(高山市鉄砲町)別院駐車場使用可
参加協力費:1000円

今、チベットで何が行われているのか。
なぜ、中国はチベットを侵略したのか。
ダライラマは中国とどう対話するのか。
私達は、チベットに何ができるのか。

「飛騨高山の車座会議」は、4月に「飛騨高山仏弟子非暴力平和宣言」として、仏教徒の姿勢を確認し合い、
6月には「チベット亡命の現実」に目を向け、「ヒマラヤを越える子供たち」のビデオを上映し、中国によるチベット侵略の事実を直視しました。

そして今、高山市仏教会の協賛を得て、飛騨の超宗派仏教僧侶がチベット問題を自らの問題と捉え、
ダライラマ法王日本代表ラクパ・ツォコ氏により、直接「チベット問題の真実」の話を聞く機会を設けました。
「飛騨高山の車座会議」は、チベット問題の現実が「仏教徒自身の灯明の問題」であると、一貫した姿勢を貫きます。

主催:飛騨高山の車座会議
協賛:高山市仏教会

サイトリニューアル

新しくウッディヤーナ山タルタン寺のサイトをリニューアルしました。

ダルマワークスのサイトとダルマワークスオンラインショップのサイトを開設しました。

どうぞ、よろしくお願いします。

林久義

甘粛省ゴロクのタルタン寺院が封鎖

タルタン寺院の僧侶二人(トゥプワン/ペマ・ガルワン)が、3月にラサで拘束されたままでいます。拷問と虐待の恐れに、師も私も心傷めております。(アムネスティ報告)

甘粛省ゴロク地方にあるタルタン寺院は、現在、とても悲しくひどい現実に直面しています。昨3月、タルタン寺院でも人権迫害に対して抗議の声を上げたとこ ろ、寺院を封鎖されてしまいました。電話などの通信手段は完全に遮断され、外部と連絡ができない状況です。食料、水などがあるのかも心配です。また、多く の僧侶達は抗議に対する逮捕拘留虐待を恐れて、山奥深くに避難し、立てこもっているそうです。

米国のオディヤン寺院、日本のタルタン寺の私達は、
チベット民族の人権が守られますよう心から深い祈りを捧げます。

チベットの国旗を掲げました

チベットの国旗を掲げました(3月22日)

「3月18日、私たち、アムド・ゴロク[青海省果洛州]のペユル・タルタン寺の僧侶は、地元の県政府の役所に向けて行進をしました。地元のチベット人も加わり、約300人になりました。そのとき、武装警察はいませんでした。ほんの 40人ほどの地元の警官だけでした。私たちは、県政府の役所まで行進し、中国の国旗を引きずり下ろし、チベットの国旗を揚げました。地元の警察は特に邪魔しませんでした。彼らはただ遠くから見て、写真を撮っていました。それから私たちは地元の学校や病院に行進し、中国の国旗を下ろし、代わりにチベットの国旗を掲げました。私たちはまた拘置所に向かい、すべての囚人の釈放を当局に求めると、彼らはそれに応じました。私たちはすべての抗議行動を平和的に行ない、誰ひとり傷つけず、一切の損害をもたらしていません。それから午後になると、武装した治安部隊を満載したトラックが4台到着しました。彼らは、5人か6人、おそらくもっと大勢のチベット人を逮捕しました。」

「今、抗議行動に参加しなかった僧侶しか寺にはいません。残りは山中に身を潜めています。高僧らは罪人を引き渡すよう圧力をかけられています。[中国は]自首すれば酌量すると言っています。自首しなければ“深刻な事態”になるでしょう。僧院は今、治安部隊に包囲されています。私たちがしたこと、そして私たちどんな状況にあるのかを伝えて下さい。ありがとう」

(2008年3月22日、ペユル・タルタン寺の僧侶が、RFAチベット語サービスに語った)

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