恭賀新年
霊咊の智慧の光明が五濁の蒙昧を晴らし、安寧の世となることを心よりお祈りいたします。
第三章 般若心経から深まる日本的霊性
1-4 カリフォルニアの青い空
カリフォルニアの青い空は、自由と開放の象徴です。一度その地を体験した人は、誰もがカリフォルニアのオープンな気風を感じることができるでしょう。北カリフォルニアのレッドウッドの森林地帯に佇むオディヤン寺院は、八世紀にパドマサムバヴァが落慶法要をしたチベットのサムイェー寺院と同規模の巨大な立体曼荼羅寺院です。そこにはチベッ トや飛騨山中の氣風と同じ青い空があります。オディヤン曼荼羅の外側にあるチャペルと 呼ばれる小さなお寺にタルタン・トゥルクは居を構えています。生徒の氣が熟すと彼の自宅で、リンポチェに面授の機会を得ます。
ある時、リンポチェに呼ばれた私は、黄色い布から解かれた大きな経典の束を見せられました。
「以前、あなたが語っていた、ミスターササメがパンチェンラマから譲り受けた経典は、多分これだろう。この経典は般若経の一部だ」
それは金泥直筆の古いチベット経典で、チベット大蔵経の一部でした。
「この経典はサザビーズのオークションに出品されていたものだ。少々高値だったが、 ミスターササメのために手に入れた」
晩年の笹目先生にお会いした時、「盗賊に盗まれたパンチェンラマの大蔵経がカナダの とある銀行に抵当として保管されていることを突き止めた」と言われていたことを思い出 しました。リンポチェは、「大蔵経の一部を現金化するために、オークションに出品したのだろう」と推測されていました。
パンチェンラマの大蔵経が百年の時を超えて、さまざまな因縁の果てに、チベットの地 からアメリカ大陸の北カリフォルニア山中のオディヤン寺院に辿り着いたのでした。その 経典の一部が般若経とは、偶然とは思えないほど驚くべきことでした。
タルタン・トゥルクは、散逸するチベット大蔵経を収集し、新たな装丁で百二十巻のニ ンマ版とし、一九八〇年に米国でチベット大蔵経を開版します。その後、チベットに伝わっ た全ての仏典や論釈書を蔵外教典八百巻に編纂し、仏典の保存に力を入れてきました。
更に一九八九年から、インドのブッダ成道の地ブッダガヤにて世界平和セレモニー、モンラムチェンモを主宰し、一万人の亡命チベットラマ僧らが祈りを捧げる法要を毎年開催しています。そして、法要に参加する全てのラマたちと亡命チベット寺院に、毎年膨大な経典の無償配布を行なっています。チベットという千年仏教国の国土が侵略されて六十年 以上が経ちますが、タルタン・トゥルクの経典保存に対する熱く強い思いは、歴史的価値 を持つ経典の焚書を目の当たりにした深い悲しみを、経典無償配布事業を通して、未来への仏教復興を願う生涯を掛けた惜しみないプロジェクトとして続けられています。
チベット仏教では般若経に説かれる智慧の瞑想が、何も捉えらない青い空に喩えられる ように、その広大な空間と意識空間は同等と見ます。青い空に雲が現れても、それは常に 生々流転し、一瞬も留まることなく、来ては去ってゆくものです。その雲は、私たちの心 に去来する思考そのもの、雲を追うことなく、青い空間をただ見つめること、密教ではそ れが意識の本質そのものだと理解します。
この広大な空間を仏教では、法界 ( ダルマダートゥ ) と言います。