チベット問題を考える」カテゴリーアーカイブ

仏陀成道の地ブッダガヤでの爆弾テロに関して、仏教徒からの声

先の7月、仏陀成道の地ブッダガヤでの爆弾テロに関して、仏教徒からの声。
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各々各自が自分の場で、末法に世界平和を考え、実践する時です。

A Free eBook in Response to the Attack on Bodh Gaya

世界遺産白川村「チベット亡命1959」記録写真展のお知らせ

世界遺産白川村「チベット亡命1959」記録写真展のお知らせ

この度、「チベット亡命1959」と題した記録写真展を岐阜県白川村旧松井家にて開催いたします。当時の貴重なチベット難民キャンプでの歴史的ドキュメンタリー写真です。
心ある方々に、チベットの現実を見て、知って頂けますことを、心より願います。

日時:平成22年9月4日(土)から5日(日)まで
   午前10時から5時まで無料展示 
   5日(日)午後3時よりチベット仏教講座「心の中に観音様の慈悲が宿る」

☆写真展の会場では、ドキュメンタリー映画「ヒマラヤを越える子供たち」を常時無料上映します。

場所:岐阜県大野郡白川村荻町旧松井家

長野市善光寺地蔵庵「チベット亡命1959」記録写真展のお知らせ

長野市善光寺地蔵庵「チベット亡命1959」記録写真展のお知らせ

この度、「チベット亡命1959」と題した記録写真展を長野市善光寺近く地蔵庵にて開催いたします。当時の貴重なチベット難民キャンプでの歴史的ドキュメンタリー写真です。
心ある方々に、チベットの現実を見て、知って頂けますことを、心より願います。

日時:平成22年6月19日(土)から21日(月)まで
   午前10時から5時まで無料展示 21日は4時まで
場所:長野市権堂町2275 地蔵庵
   善光寺大門から中央通り南へ約300mセントラルスクエア近く
               ☆

より大きな地図で 地蔵庵 を表示

China’s Brutality in Tibet

Dispatches /undercover in tibet/

Dispatches /undercover in tibet/

全チベット民族が名実共に自治を享受するための草案 ダライ・ラマ法王特使による中国統一戦線工作部提出資料

全チベット民族が名実共に自治を享受するための草案
ダライ・ラマ法王特使による中国統一戦線工作部提出資料

やはり現れた、ネット文化革命「08憲章」

やはり現れた、ネット文化革命「08憲章」
ネット蜂起を呼び掛けていた網民の声

劉暁波氏の拘束解除を要求 日本ペンクラブ

08憲章=中華連邦共和国憲法要綱

ダライ・ラマ14世の長兄、故タクツェル・リンポチェ氏死去-2004年インタビュー

【シカゴ 9月7日 IANS】ダライ・ラマ14世の長兄、タクツェル・リンポチェ氏(本名トゥプテン・ジグメ・ノルブ)が5日、米国で他界した—同氏は2004年のインタビューで「チベットの地位に交渉の余地はなく、チベットはチベットだ」と述べている。

米国にある自宅で5日に息を引き取ったと報じられたリンポチェ氏は、生涯の多くを海外で過ごした。1926年、当時4歳の時にダライ・ラマ13世からタクツェル・リンポチェの生まれ変わりとして認められたが、1950年代以降はチベットを離れ米国を拠点にチベットの独立を訴え続けた。

以下は2004年、インディアナ州ブルーミントンで行われたリンポチェ氏へのインタビューからの一部抜粋。質問者は、1997年にダライ・ラマ14世から伝記の執筆を認められたジャーナリストのMayank Chhaya氏。

Q:(Mayank Chhaya氏)ダライ・ラマ14世を失脚させたあかつきには、あなたをチベット(自治区)の指導者にするという提案が中国側からあったと言われていますが。

A:(タクツェル・リンポチェ氏)ええ、多くの人がわたしを訪ねてきて、そのようなことを話していました。その度にわたしたちは習慣から着ている物まですべてについて批判されました。僧服に使われる布はもったいないとか、上着とズボンを着るようになどと言われました。

Q:ダライ・ラマ失脚に関して、殺害さえ持ちかけられたと聞きましたが?

A:ええ、本当です。彼らはチベット的なものはすべて破壊すると話していました。宗教をはじめ、文化や習慣などすべてです。(ダライ・ラマ14世が)協力しないようであれば、殺してしまえと。

Q:そのことをダライ・ラマ14世に伝えたと言われていますが。

A:はい。とても落ち着いた様子でわたしの言葉に耳を傾けてくださいました。目の前の“悪”を振り払うかのように手を左右に振り、わたしに立ち上がるようにとおっしゃいました。そのときの目は、わたしを心配しておられるように見えました。その直後、わたしはチベットを後にしました。

Q:ダライ・ラマ14世は自分が生きている間に問題は解決すると思っているようですが、あなたはどうお考えですか?

A:現時点では何も答えられません。

Q:この問題について、インドはどのような立場を取るべきでしょうか?

A:チベット亡命政府を承認することがとても大切です。そこからすべては変わるでしょう。

Q:米国は?

A:米国には何もできないでしょう。お金にしか興味がありませんから。

Q:中国に望むことは?

A:チベットの人々の望みに耳を傾けること。チベットの人々は中国に出て行ってほしいと口にすべきです。

Q:ラサを訪問したいですか(帰りたいですか)?

A:いいえ。1980年にラサへ行きましたが、今では後悔しています。中国当局から常に監視されますし、人々が悲しむ姿は見るに堪えない光景です。わたしだって人間です、あまりにもつらすぎます。

Q:ダライ・ラマ14世とはどのようなことを話されるのですか?

A:チベットの地位に交渉の余地はなく、チベットはチベットだということです。

Q:兄弟であるあなたから見たダライ・ラマ14世とは?

A:自己中心的な考えは少しも持ち合わせていません。誰でも平等に扱う人物です。口で言うことはたやすいですが、実行となると、なかなかできることではありません。人類は皆平等だということを分かってはいますが、わたしにはそれを実行することができません。

Q:ダライ・ラマ14世は最後のダライ・ラマとなるのでしょうか?

A:そんなことにはならないでしょう。すべてはチベットのこれからにかかってきます。チベットとチベット人が存在し続ける限り、ダライ・ラマも消えることはありません。

(c)IANS/Mayank Chhaya

中国・チベット暴動 その後 チベット人女性作家 ツェリンウォセ氏

中国・チベット暴動 その後 チベット人女性作家 ツェリンウォセ氏

 華やかに開催されている北京五輪の会場周辺では、中国のチベット政策に抗議する人々が拘束される事件が相次いでいる。三月のチベット暴動は真相が解明されないまま、現在も六千人近くの僧侶らが獄中にいるといわれる。北京を拠点にチベット暴動の経緯を記録し続けているチベット人作家、ツェリンウォセ氏にチベット人の思いを聞いた。(北京・鈴木孝昌)

   ◇  ◇

 −拘束された人々はどのような処罰を受けているのか。

 「主な収監場所はラサ駅にある倉庫の中。友人の一人は四肢を針金で縛られて一カ月間もつるされ、拷問を受けた。水ももらえず、最後は自分の尿を飲んで命をつないだ。こん棒やワイヤ、電気棒など、拷問に使う刑具は自分で選ばせ、どれを最も痛がるかを楽しむ。トイレに行く時は後ろ手に縛られ、汚物が散乱する床に顔がつくほどに近づけて、排便させられる。徹底的に人間を侮辱し、おとしめ、もてあそぶやり方だ。耐えかねて自殺したり気が狂ってしまった人も多い」

 −事件の死者は結局どのくらいか。

 「当局発表の死者数にはチベット人が含まれていない。だが、各地で発砲があり、多くのチベット人が殺された。三月十四日の午後、ラサで特殊警察部隊が一人の女性を射殺し、すぐに遺体を片付けるのを見た人がいる。自殺者や獄死者、行方不明者などを合わせれば相当な数になる」

 −暴動はなぜ起きたのか。

 「宗教への弾圧が最大の原因。一九九五年に始まった愛国主義教育はすべてのラマ僧に“チベットは中国の一部である”と認めさせ、ダライ・ラマ十四世を攻撃する言葉を書くよう強要した。僧にとっては地獄と同じ。積年の恨みが爆発するから衝突が起こる」

 −当局は「チベット青年会議」を暴動の首謀者とみている。

 「暴動は政府への恨みと不満が原因だと言えば、チベット政策が失敗だったと認めることになる。また、軍や警察はなぜ暴動を防げなかったのか。当局としては責任を転嫁する対象が必要なだけ。自分の失敗を認めるわけにはいかないから」

 −中国政府との対話は進展がない。当局は高齢のダライ・ラマが死去するのを待っているとの見方もある。

 「ダライ・ラマの死後も魂は転生し、永遠に存在し続ける。彼の寿命はチベットの将来とは関係ない。中国は対話について何の誠意もなく、期待はできない。ダライ・ラマが求めている自治とはチベット文化に関するものだ。真の自治があるのなら、中国語よりもチベット語を使わせてほしい。ラサではチベット語で手紙を書いても配達されない。言葉を失った民族は必ず衰退してしまう」

 ツェリンウォセ氏(中国名・茨仁唯色) 1966年、ラサ生まれ。チベットに関する詩集、紀行文などを多数発表。個人ブログにチベット暴動の内幕を発表していたが、ブログを閉鎖され軟禁状態に置かれている。

 <チベット暴動> 中国チベット自治区ラサでことし3月10日、チベット政策に抗議する僧侶らがデモ行進し、14日には商店や車両を焼き打ちした。暴動は周辺の甘粛省や四川省にも拡大したが、武力で鎮圧された。当局は死者20人と発表しているが、インドに拠点を置くチベット亡命政府は死者203人とし、現在も5700人以上が拘束されているとしている。

(東京新聞)

第12回飛騨高山の車座会議 

第12回飛騨高山の車座会議

チベット問題の真実 ダライラマ非暴力の祈り

講演:ダライラマ法王日本代表部事務所代表
ラクパ・ツォコ氏

時;08年7月30日(水)午後7時開演
場所:高山別院庫裡ホール(高山市鉄砲町)別院駐車場使用可
参加協力費:1000円

今、チベットで何が行われているのか。
なぜ、中国はチベットを侵略したのか。
ダライラマは中国とどう対話するのか。
私達は、チベットに何ができるのか。

「飛騨高山の車座会議」は、4月に「飛騨高山仏弟子非暴力平和宣言」として、仏教徒の姿勢を確認し合い、
6月には「チベット亡命の現実」に目を向け、「ヒマラヤを越える子供たち」のビデオを上映し、中国によるチベット侵略の事実を直視しました。

そして今、高山市仏教会の協賛を得て、飛騨の超宗派仏教僧侶がチベット問題を自らの問題と捉え、
ダライラマ法王日本代表ラクパ・ツォコ氏により、直接「チベット問題の真実」の話を聞く機会を設けました。
「飛騨高山の車座会議」は、チベット問題の現実が「仏教徒自身の灯明の問題」であると、一貫した姿勢を貫きます。

主催:飛騨高山の車座会議
協賛:高山市仏教会

甘粛省ゴロクのタルタン寺院が封鎖

タルタン寺院の僧侶二人(トゥプワン/ペマ・ガルワン)が、3月にラサで拘束されたままでいます。拷問と虐待の恐れに、師も私も心傷めております。(アムネスティ報告)

甘粛省ゴロク地方にあるタルタン寺院は、現在、とても悲しくひどい現実に直面しています。昨3月、タルタン寺院でも人権迫害に対して抗議の声を上げたとこ ろ、寺院を封鎖されてしまいました。電話などの通信手段は完全に遮断され、外部と連絡ができない状況です。食料、水などがあるのかも心配です。また、多く の僧侶達は抗議に対する逮捕拘留虐待を恐れて、山奥深くに避難し、立てこもっているそうです。

米国のオディヤン寺院、日本のタルタン寺の私達は、
チベット民族の人権が守られますよう心から深い祈りを捧げます。

チベットの国旗を掲げました

チベットの国旗を掲げました(3月22日)

「3月18日、私たち、アムド・ゴロク[青海省果洛州]のペユル・タルタン寺の僧侶は、地元の県政府の役所に向けて行進をしました。地元のチベット人も加わり、約300人になりました。そのとき、武装警察はいませんでした。ほんの 40人ほどの地元の警官だけでした。私たちは、県政府の役所まで行進し、中国の国旗を引きずり下ろし、チベットの国旗を揚げました。地元の警察は特に邪魔しませんでした。彼らはただ遠くから見て、写真を撮っていました。それから私たちは地元の学校や病院に行進し、中国の国旗を下ろし、代わりにチベットの国旗を掲げました。私たちはまた拘置所に向かい、すべての囚人の釈放を当局に求めると、彼らはそれに応じました。私たちはすべての抗議行動を平和的に行ない、誰ひとり傷つけず、一切の損害をもたらしていません。それから午後になると、武装した治安部隊を満載したトラックが4台到着しました。彼らは、5人か6人、おそらくもっと大勢のチベット人を逮捕しました。」

「今、抗議行動に参加しなかった僧侶しか寺にはいません。残りは山中に身を潜めています。高僧らは罪人を引き渡すよう圧力をかけられています。[中国は]自首すれば酌量すると言っています。自首しなければ“深刻な事態”になるでしょう。僧院は今、治安部隊に包囲されています。私たちがしたこと、そして私たちどんな状況にあるのかを伝えて下さい。ありがとう」

(2008年3月22日、ペユル・タルタン寺の僧侶が、RFAチベット語サービスに語った)