「みのおわり」の仕組みを解き明かす因縁

 長い長いリトリート(瞑想修行)が明けた気がします。

 1997年の今日、お釈迦様降誕会4月8日、岐阜市での高校講師を辞し、御嶽山北西一合目飛騨の秋神に移住しました。転居届と婚姻届を役場に提出し、良く言えば古民家、雨漏りし一部壁と床がない、実態はお化け屋敷での新婚生活が始まりました。
 上下水はなく、まだ雪残る外に山水のホースが一本あるのみ。飛騨の自然、山野草と野生動物の宝庫、希望と夢いっぱいのこの地で、子供3人を育ててきました。
 2000年には近くに土地を購入し、サンドゥペルリ形式の立体曼荼羅、ウッディヤーナ山タルタン寺の自作建築を始めます。三層吹き抜けの中央部には、9mの仏舎利塔を完成。師タルタン・トゥルクの法脈を守るチベット仏教寺院建立の請願を成就しました。

 長い長いリトリートが明けた気がします。
 これからは、次なるビジョンに向けての活動に専念してゆきたいと思っています。
 それは、美濃尾張伊勢三国を支配した土岐頼康(1388没)の枕元に、艮の金神が閻魔大王の姿で現れ、「我を艮に祀るべし」と霊夢を得たことを因とし、私を飛騨の地に向かわせた「みのおわり」の仕組みを解き明かすことであり、私の林一族の650年前の因縁を探る中学夏休みの「長森城の研究」以来、50年亘る研究成果を形に表す時がきたと思っています。

この写真は、土岐頼康が自ら彫った「閻魔大王」です。
(現在岐阜城二の丸閻魔堂に安置)


「オーン
 御嶽大権現の大御霊様
 世界経綸の扉を開く
 みのおわりの艮の金神にて
 遥か古より万国大日の本におわします
 豊受大神国常立尊

ー御嶽大権現祝詞真言よりー

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